不登校になるのは親の愛情不足?

不登校のカウンセリングでこんなこと言われたりしませんでしたか?

不登校の原因をお親の愛情不足と決めつける人がいます。両親が共働きで、幼少期に満足にかかわる時間が少なかった。だから今構ってもらうために家にいる、そのためには不登校するしかない、そういうわけで家絵にいる。だから、しっかり関わってあげなさい。

カウンセリングだったり学校の先生なんかにこんなことを言われた経験がありませんか?

幼少期に得られなかったものを今得ようとしている。しかも、自分がもっと関わってあげれば良かった、何ていうことが心のうちにあると余計に刺さります。でも、これは短絡的な考え方です。もちろん親に甘えたい気持ちがないわけではありませんが、これは不登校になるお子さんに限ったことではありません。

 

愛情不足と言われても打つ手がない

愛情不足と言われても打つ手がありません。過去に戻ってかまってあげることなんかもできませんし、今更小さい子をあやすようによしよしとするのも違います。

愛情不足は原因でもないし、解決策にもなりません。

ましてや、愛情不足だから申し訳なかったと子どもに謝ることは禁物です。もし、愛情不足で子どもに謝るようにという助言を受けても決して謝る必要はありません。

理由は二つあります。

1つは子どもに謝ったところで何も効果がないからです。子どもとしても「何を言っているんだろうか?」と白けた感じになります。もうもう一つの理由は、愛情不足を謝られた子どもは「あなたの子育ては失敗でした」というメッセージを受け取ってしまいますます傷ついてしまうからです。

実は愛情のかけすぎの方が危険だったりする

一方で余りにも手をかけすぎると、それはそれで不登校になる可能性が出てくるのです。

過保護に子どもを育てると子どもの自尊心が育ちません。それは自分で考えたり、決めたりしなくても親がすべてしてくれるからです。そして、このほうが「愛情不足」より長期の引きこもりを引き起こす可能性が大きいと考えています。

子どものためと思って親があれこれ手を出す。危ないからと思ってやらせない。将来役立つからと塾や習い事をたくさんさせる。これを子どもが望んでやっているのであれば問題ありません。しかし、親の「不安」や「子育てに対する自信のなさ」から子どもに何かを「させる」と子どもは受け身になり、なされるがまま、誰かがやってくれるということで、進路決定や就職などの局面で前に進むことができなかったりもします。

親の愛情不足で不登校になるわけではない

愛情不足が不登校の決定的な理由ではありません。そもそもこの「愛情」というのが何なのかあまり具体的ではありません。

一緒にいる時間を長くすること、子どもの要求に応えること、将来を見据えて習い事に通わせること・・・確かに愛情ということで言えば形になって目に見えているので、「私は子どもに愛情をかけた」と思えるかもしれません。子どものためを思っていろいろとして挙げることは大事です。衣食住を守ってあげることも大事な要素の一つです。

しかし、愛情というのがすべて目に見えるか分かりません。さらに親は愛情を注いでいるつもりでも、子どもがそれを愛情として受け止めているかは子ども次第のところがあります。

よく、お兄ちゃんと同じように育てたのにお兄ちゃんは優秀だけど、弟は問題が多い、なんていうことを話されますが、同じ親から生まれた兄弟でも全然違います。同じように育てるということは、子どもの個性をないがしろにしてしまうのです。

愛情は子どもの受け取り方にも左右されます。これが愛情として伝わっているかどうかを考えながら子どもに接してもうまくいきません。むしろ、その時その時で自分にできる精一杯の子育てをしていくということで十分なのです。

 

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