1 子どもが勉強嫌いになるのは?
以前に都心にある小学校に勤めておりました。まさに大都会であり、長崎の田舎育ちである私からするとその環境の違いに驚くばかりの日々でした。東京の特に23区内の多くの小学生は中学受験をします。遅くても5年生、早い子はも低学年のころから塾に通います。塾で勉強すること自体は悪いことではないと思います。問題はその勉強のさせ方にあります。
膨大なテキストやドリル、学校の内容よりも早く進む先取り学習、その勉強を「やらせる」というスタンスで、親がスケジュール管理をする。やったかどうかのチェックだけではなく、横について一緒に勉強する。できていないところを徹底的に理解させる・・・それは、子どもさんの将来のことを思ってのことだと思います。しかしながらここに矛盾があります。中学受験を経て私立の学校に入ったら、さらに勉強をすることになるのですが、中学受験で無理矢理勉強させられた子どもたちは、勉強嫌いになることが多いです。むしろ、中学受験というヤマを登り切ったらホッとしたかのように勉強から手を抜きます。
これは実際に私立の中学校で働いているときに、1年生を担任した時に感じました。1学期はまだ緊張感もあり勉強しようという意志がありますが、2学期ごろから崩れていくのです。なぜ子どもたちが勉強嫌いになるかは簡単です。それは目的がないからです。
何のために勉強するのか?
この問いに自分で向き合い、自分なりに答えを出さない限り、自分で勉強するようにはなりません。
○○中学合格を目標に、小学生の放課後の時間を大量に投資しながらも「何のために勉強するのか」という問いに向き合うことがなく、ひたすら、問題を解かされテストを受けさせられという勉強をしていることは、生きていくために必要な学びにはつながりにくいのです。
通塾して一生懸命勉強したかいあって、良い中学(偏差値が高い・有名どころ)に合格しました。しかし、入ったあとはどうなるのでしょうか?
良い大学(偏差値が高い・有名どころ)を目指して頑張る、頑張らされることになるわけです。中学が大学に変わっただけで、そこに本人の思いや考えはないのです。一般的に言われる良い大学に行くことで人生が保障されるということはなくなりました。これからは何を学び、何のために行動するのか。目的意識を持った人が必要なのです。
2 良い子が突然起こす問題行動
勉強に対するストレスは目に見えないところに現れています。
増田修治・白梅学園大学教授(臨床教育学)が小学校教員らに実施したアンケートでは 「良い子をふるまう子が増えた」という回答が1998年35.4%から48.5%に増えたという調査結果が報告されている(https://www.asahi.com/articles/photo/AS20200601000141.html)
親に無理矢理やらされる勉強を従順にこなしていく。これは一見良い子であり、賢い子になるだろうという期待を抱かせます。そして、やや自慢げに「うちの子はよく勉強するんです」なんてママ友なんかに語る。そういうのを傍らで見ている子どもは「親を喜ばせようと」頑張ります。
無理矢理やらされる勉強というけど、うちの子は塾に行きたい?ときいたら「うん、行きたい」と言いました。というのもそうです。親を喜ばせたい動機があります。それはその場の子どもの判断というより、それまでのかかわりの積み重ねです。「本当は友達とサッカーをしたいんだけど、お母さんにそんなこと言ったら、悲しませるだろうな。」という内面のつぶやきを押し殺して、良い子をするのです。いままで良い子を振舞ってきた以上、それは崩せないのです。
しかし、良い子を振舞い続けるのには限界があります。それは本来の自分ではないからです。どんな名優であっても、役割を演じ続けて一生を終える人はいません。演じる役は所詮本人ではありません。しかし、子どもたちはそれを演じ続けないと「親を喜ばせられない」と強く思っています。自分じゃない自分を生きることは、大きなストレスです。
「やりたくない」とか「うるせぇな」と反発してくれるのであればまだましですが、そういうこともなく、おりこうさんを過ごす。そのひずみは、学校を始めとした子どもとの人間関係に出ます。
人のものを盗る・隠す・勝手に捨てる
ものを壊す
友達が嫌がることを口にする
授業の邪魔をする—先取りしているからつまらない
暴力をふるうなど
一方で異常な行動もとることもあります
トイレを流さない
おもらし・おねしょをする
万引き
カンニングなどの不正行為
リストカットなど
普段は良い子でとても勉強熱心。そういう子が突然問題行動を起こす。学校に呼び出されて「まさかうちの子がそんなことするはずない」と思っても現実に起きます。そうなると、「家ではそんなことはなかった。学校の指導が悪い。」「クラスの○○という生徒が悪い影響を与えている」信じられない事態を受け入れられないで、責任転嫁したくなるわけです。学校にかみつきすぎると「モンスター」扱いをされます。
ここで、表面ではなく、子どもの内面に目を向けましょう。表面的には問題行動、場合によっては警察のお世話になるようなこともあるかもしれません。しかし、問題を起こすというのは、子どもからのSOSなのです。心の中がいっぱいいっぱいになってどうしようもない。本当は良い子ではない、良い子を演じ続けることができない。それを言葉ではなくて行動で示しているのです。しっかり勉強して私立の中学校にはいったお子さんなら善悪の判断ができないなんてことはありません。それでも悪いことをしてしまうのには、何かしら意思があるのです。それは本人でも気づいていないことかもしれません。
別の見方をすると、親に対する復讐ともとることができます。無理矢理勉強させて、自分のやりたいことをやらせてもらえなかったと。どれだけ頑張ってもほめてもらえず、次々と課題を与えられたこと。心の中はカラカラです。この復讐は意識せずに行われます。なんでそんなことをしたのか自分でもうまく説明できません。
問題行動が起きた時、当然ながら、悪いことは悪いと叱る必要はあります。その一方で何か大きなストレスを抱えているのではないかと、ケアする視点も必要なのです。悪事をとがめるだけではなく、親に言いたくても言えないことがあるんじゃないかということを丁寧にくみ取っていく必要があります。きっちり対応すれば、問題行動が起きても、次を防ぐことができます。むしろ、問題行動が起きたことで、親子で本音で話しあえて、関係がより深まるということも十分に怒りえます。
3 教育熱心の裏側にある本音
ここで問われるのは母親の本心です。
「子どものために」という思いで、塾に活かせたり、習い事をさせたりするわけですが、それは愛情なのでしょうか?愛情という隠れ蓑に覆われた不安ではないでしょうか。
この子が路頭にまよったらどうしよう。
周りの子についていけなかったらどうしよう。
子育ての失敗者と思われたくない。
私がこの子の人生の責任をとらないといけない。
将来仕事に就けなかったらどうしよう。
など、いろいろな不安から「勉強しなさい!」ということを口走ってしまうわけです。その言葉が、親の本心からくる激励なのか、不安からくる言葉なのかは子どもは敏感に察知するわけです。
教育熱心という表面的な行動の裏には、子どもや子育てに対する大きな不安があるのです。
本当に取り除くべきはこの不安なのです。
不登校も同じですが、子ども自身に確かに問題がある場合もありますが、実は一番、かかわりのあるお母さんの問題であることも少なくありません。私が親子カウンセリングをお勧めするのは、子どもが元気になっても親の不安が強いと、子どもがその不安に負けて元通りになってしまうからなのです。問題が起きた時、誰が悪いと責めるのではなく、ここでよりよい関係を気づくためのチャンスだと思って、お子さんと向き合っていただきたいと思います。