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もうすぐ中学3年生になる不登校している息子さんにどう声をかけたらよいか?

受験を控える不登校の息子さんへの声かけ 受験の不安は親も感じて当然

「もうすぐ中学3年生なのに、このままで大丈夫だろうか」「受験のこと、どう考えているんだろう」と、不安な気持ちでいっぱいかもしれませんね。お母さまがそう感じるのは、息子さんのことを心から大切に思っているからこそ。今日は、そんなお母さまに向けて、「受験を控える不登校の息子さんへの声かけ」についてお伝えしたいと思います。

「受験」がプレッシャーであるという前提で話をする

不登校のお子さんにとって、「受験」という言葉自体が大きなプレッシャーになることがあります。お母さまとしては「少しでも将来のために準備を…」と思われるかもしれませんが、息子さんの今の気持ちがそこに向いていない場合、焦らせる言葉は逆効果になってしまうことも。

まずは、お子さんが今どんな気持ちでいるのかを知ることが大切です。こんなふうに声をかけてみてはいかがでしょうか?

「最近、どんなことを考えている?」「受験のこと、もし何か気になっていることがあれば聞かせてくれる?」

このとき、大切なのは「答えを求めすぎないこと」です。話してくれたらラッキーくらいの気持ちで、まずはお子さんが「話しても大丈夫なんだ」と思える雰囲気をつくることを意識してみてくださいね。

受験をプレッシャーにしないための伝え方

もし、お子さんが受験に対して不安を口にしたり、少し興味を示したりしたら、それを受け止めつつ、こう伝えてあげてください。

「どんな道を選んでも、大丈夫だよ」「お母さんは、〇〇の味方だからね」

受験というのは、「どこかの学校に合格すること」だけがゴールではありません。むしろ、「自分のこれからをどうしたいかを考える機会」でもあります。不登校のお子さんにとっては特に、「今すぐ進路を決めなければいけない」と思うだけで気持ちが押しつぶされてしまうこともあります。

ですから、お母さまが「どんな道を選んでも大丈夫だよ」と伝えることで、お子さんは「今のままでもいいんだ」と安心し、自分なりの一歩を踏み出しやすくなるのです。

お母さまご自身のお気持ちも大切に

お子さんのことを考えれば考えるほど、不安になってしまうこともありますよね。「このままではいけないのでは?」「もっと何かしてあげるべきでは?」と、自分を責めたくなることもあるかもしれません。でも、大丈夫です。お母さまはもう十分頑張っていらっしゃいます。

もし、お子さんとの向き合い方に悩んだり、不安でどうしようもなくなったりしたときは、一人で抱え込まずに相談してくださいね。カウンセリングを通して、お母さまご自身の気持ちを整理することも、とても大切なことなんです。

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不登校やキャリア教育に関するコラム 子どもを信じるって、どういうこと? 子どもを信じるって、どういうこと?

◆子どもを「信じる」とはどういうこと? ― 信用と信頼のちがいから考える

新学期が始まるこの時期、朝起きられない子どもの姿を見て、「またダメだった」とがっかりしたり、焦ったりしている親御さんもいるかもしれません。一方で、「信じてるよ」と言いながらも、本当にこのままでいいのだろうかと、不安になることもあるでしょう。

このコラムシリーズでは、不登校の子どもと日々を過ごすなかで、親の心が揺れるのは当たり前であることを前提にしながら、それでも子どもを“信じる”とはどういうことなのかを、6つのまなざしから考えていきます。

◆「信じてる」の奥にあるもの 「この子なら大丈夫」「きっと動き出せる」――

吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。そんな思いで、心の中で「信じてる」と言い聞かせながら日々を過ごしている方も多いかもしれません。

けれど、ふと気づくと、それが「こうなってほしい」という“期待”になっていたり、過去の行動に基づいた“信用”になっていたりすることがあります。

たとえば、こんなやりとりはどうでしょう。

――ある朝、「今日は行けるかも」と本人がつぶやいた。親としては内心ドキドキしながら、「うん、わかった」と返す。子どもが自分で考えて動いてくれることを信じて、そっと背中を押すような気持ちで応じた。

けれど結局、その日は布団から出られなかった――。

そんなとき、親の中にはがっかりした気持ちとともに、「せっかく本人が“行けるかも”と言っていたのに…」という思いが湧いてくるかもしれません。この“がっかり”はとても自然な感情です。けれど、もしその「信じてる」が「やれるよね?」という“期待”や、「前も行けたから今日もきっと」という“信用”だったとしたら、その落胆も無理はありません。

では、これが「信頼」だったとしたら――。

同じように「今日は行けるかも」と聞いたときに、親はこう思うかもしれません。

「この子の中に“行こう”とする気持ちが芽生えてきたんだな」「たとえ今日は行けなかったとしても、その気持ちが出てきたことが、この子の歩みの一部なんだな」

そして、布団から出られなかったとしても、「行けなかったこと」よりも、「行こうと感じたその瞬間」に目を向け続ける。そんなまなざしが、“信頼”なのだと思います。

信頼は、「今日できるか」「明日動けるか」を判断するものではありません。今すぐ変わらなくても、この子にはこの子のリズムがある――そう見守る、深く静かなまなざしです。

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吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

◆「期待・信用・信頼」の違いを整理してみましょう 言葉 意味 子どもとの関係での例 期待 未来に望むこと 「新学期には行けるようになるはず」 信用 過去の実績で判断する 「前に行けたから、今日も行けるはず」 信頼 存在そのものを認める 「今できなくても大丈夫。この子はこの子のペースで歩いている」

信頼は、結果に左右されない安心感を与えます。「信じてる」という言葉が、子どもを変えるためのものではなく、「あなたはあなたのままでいい」と伝える言葉になるとしたら――それは、子どもにとって何よりの支えになるかもしれません。

◆信じるとは、ただ待つことではない

信じることは、「待つ」こととも少し違います。コントロールせずに、でも放っておくのでもなく。不安や焦りがあっても、安心できる空気を整えていくこと。それが、子どもに向ける「信頼」のかたちです。

「信じるとは、見えない芽が地面の下で育っていると信じて、水をあげ続けること。」― 作者不詳

文・大久保智弘 公認心理師・スクールカウンセラー/2児の父。 不登校や思春期の親子支援を専門に活動中。

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2025年9月8日 コメントはまだありません .elementor-widget-heading .elementor-heading-title{font-family:var( –e-global-typography-primary-font-family ), Sans-serif;font-weight:var( –e-global-typography-primary-font-weight );color:var( –e-global-color-primary );}.elementor-4105 .elementor-element.elementor-element-1dc05fcb{text-align:center;}.elementor-widget-image .widget-image-caption{color:var( –e-global-color-text );font-family:var( –e-global-typography-text-font-family ), Sans-serif;font-weight:var( –e-global-typography-text-font-weight );}.elementor-4105 .elementor-element.elementor-element-68e4e073 .elementor-heading-title{font-family:”Roboto”, Sans-serif;font-weight:600;-webkit-text-stroke-color:#000;stroke:#000;color:var( –e-global-color-primary );}.elementor-4105 .elementor-element.elementor-element-23e13d5f .elementor-heading-title{color:var( –e-global-color-secondary );}.elementor-widget-text-editor{font-family:var(…

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プラスからプラスの考え方

「プラスからプラスの考え方なんてできるの?」と私もこの考え方に初めてであった時思いました。普通はありえないし、そんなにうまくいかないと思ってしまいます。でも、やっぱり物事はプラスからプラスと考えたほうがうまくいくような気がしています。これは、自分の生き方もそうだし、人への接し方、自分に起こるいろいろな出来事についてもそう思ってしまいます。

今の世の中マイナスからプラス発想でものごとをとらえます。これが普通ですし、学校でもこういう考え方を学んでしまうわけです。

マイナスからプラス発想というのはたとえば

数学が苦手だから塾に行こう。英語が話せないから英会話に行こう。運動が苦手だから運動部に入ろう。

こういう弱点克服型の努力をすることです。これ自体が悪いわけではないと思います。自分の弱点を知っていることは大切なことです。

自分にはこういう弱点があるから克服している。

今の状況が不満だから、より良い状況になるために頑張る。

それは確かに短期的には持つことだ。

思いますが、長期的つまり長い人生を考える上では、

その発想だと疲れてしまうんですね。 なぜかというと、マイナスからプラスをもたらした瞬間にそのプラスのところでのマイナスが始まる

つまりこれは減点法的な物事の見方

悪いところを探してそこを良くしようという見方です。これだと悪いところにばかり目が行って、良いところに目が行きません。その結果、

自己否定感が強くなる自分に自信が持てなくなるどうせ自分は大した人間ではないからとあきらめてしまう

自分のことを低く見積もることはとてももったいないことなんです。

進学校に行った結果の浪人

私自身がそうでした。高校時代は地域でトップの進学校に行きました。しかし、勉強よりもクラブ活動に惹かれてその高校に進学したので、クラブに対してはとても熱心に打ち込みましたが、勉強に関してはしないのが普通でした。

勉強しない→授業が分からない→宿題が分からない→自分で勉強しない→テストの点が悪い→嫌いになる→勉強しない・・・

という負のサイクルのなかにいました。それが自分だと思っていました。成績に対して「劣等感」だけをもっていました。

そんなわけでまったく勉強しないので浪人することになりました。今思えば自業自得なのですが、当時の私にしてみれば、最後ちょっと頑張れば大学くらい受かると思っていましたが、まったくもってどこにも合格しませんでした。滑り止めの専門学校ですら合格できませんでした。

そういうわけで浪人をするわけです。大学入試に失敗するわけですね。

浪人生活で得たもの

今思うと、単に勉強しなかったことも大学入試がうまくいかなかった原因ではありますが、それ以上に私の勉強や成績に対する「劣等感」が良くなかったと思います。できないからやらないのです。これはマイナスからプラスよりもさらによくない「マイナスからマイナス」の状態です。頑張っても結果が出なければ人は頑張ることすらやらなくなるのです。

そんな状態で浪人生活に入るわけです。高校時代に勉強していなかったので、一から、そして基礎から教えてもらえるのがありがたく、成績は上がり始めました。もちろん勉強に対する姿勢が変わったのもありますが、実は変わったのは目標でした。それまでは自分の能力はこのくらいだろうと、低く見積もっていて、それなりの目標しか掲げていませんでしたが、浪人して、チューターと面談する中で、もっと上を目指しても良いということに気が付きました。そして自分の今の成績はさておいて、本当に行きたい大学を志望するように心がけたのです。すると、モチベーションが変わりました。

これは私の場合ですが、成績が上がったから自信がついたのでありません。大会目標を設定してもいいと自分に言い聞かせたことで、勉強に対する姿勢が変わり、成績があがりました。

つまり、当時の自分ー浪人している自分もプラスととらえたことで、より高いプラスの目標を設定することができたのです。高校時代はぎゃくで自分をマイナスととらえていたので、高い目標は設定できなかったのです。

余談ですが、私の仲の良い友人というのは浪人時代の友達です。これも浪人時代に得たものです。

私は浪人したことをその時点では浪人したことは失敗だなよくないなと思ってましたけど。思うと浪人してよかったなと思うことはたくさんある。(浪人を積極的にお勧めすることはしませんが・・・)

つまりマイナスだと捉えればとことんマイナスに捉えられる。同じで、どんなこともプラスに捉えると、プラスに捉える方法があるわけです。

そしてプラスに捉えるっていうことをたくさんしていくと、自然と今こういう自分ラッキーだな、こういう自分恵まれてるなこういうことが当たり前にできてくれたけど感謝だなという視点がたくさん生まれてくるんですね。 そういうことを味わっていくと、人生楽しくなる。

今、老後の資金が2000万円必要だというニュースが話題になっています。確かに老後のことをニュースになると心配のこともあります。でも、実際にどんな時代になるのか分からない老後に向けていまから一生懸命働いて、そのためだけに2000万貯金するのはちょっと寂しすぎる気がします。

老後のために働くことで失うのは、今という時間です。その損失は2000万以上だと私は思います。

こういう先行きが不透明な時代だからこそ、私は今をプラスにとらえる「プラスからプラス」の考え方が必要だと思っております。

今日は最後まで読んでくださってありがとうございました。…

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