不登校のお子さんが傷ついてしまうNGの問いかけ
会話のきっかけは問いからスタートしている
会話の中には多くの問いかけがあります。「お昼ごはんどうしようか?」、「は?」などの問いかけです。日常的な会話の中で何気なく問いかけたものの中に、子どもが「ウっ」となって心に思いもをの感じてしまうものがいくつかあります。特に、不登校しているお子さんは、すでに心にダメージを負っているので、問いかけたことで不機嫌になったり、黙り込んだりと「不快」な態度を示します。代表的なものとしては、「明日学校どうするの?」「今日は学校行くの?」というのがあります。生き渋っている段階ではこれを問うことは起こりえますし、問うことで、子どもの意識が登校に向くこともあります。しかし、ある程度休み続けているとこの問いは過酷な問いになります。これから逃れるために、本心では全く行く気はないのに「明日は行くよ」と応えることもあります。しかし、実際にはいきません。それは、その場しのぎの応答だからです。
他にも親にきかれたくないことが、あるようです。実際に中高生のカウンセリングをしていてその声をもとにした問いをいくつか紹介いたします。
「じゃあ、どうするの?」
「学校に行かない」「高校を退学する」「進学はしない」「働きたくない」などなど、不登校が長いお子さんは、親にとって心配になる言葉をどんどん発してきます。お子さんと同世代の子が普通にとっている選択をしない、そうすると親にしてみても、どういう未来があるか分からない、だからつい「じゃあ、どうするの?」と聴いてしまいます。
この答えがすぐに出てくるお子さんはまずいません。自分を苦しめている、現状や将来の選択肢をいったん遠ざけるための発言で、別にどうしたいというのはありません。
つらい状況にあるお子さんはまず「休みたい」というのがあります。不安や心配を処理することすら難しく、とにかく何も考えずに「ボーっとしたい」というのが本音です。先のことを考える余裕はない中、とりあえず、自分を保つため、自分を守るために、不安の種を遠ざけているのです。
しっかり休むことができれば、「じゃあ、どうするの?」と問わなくてもそのうち「こういうことを考えている」と言い始めます。親を不安にするようなことを言ってきたときは、「あなたはそう考えているのね」ということで、否定も肯定もせずにとりあえず、その考えをいったん受け止めます。ここで大事なのはそれを、その場で了承する必要はないということです。こっちも考えてみる、ということで結論のないグレーな状態を作ることが大事です。
「何かしてあげられることはない?」
子どもが苦しんでいる姿をみて、親として何もしないでいることはとてもつらいことです。何かしてあげられることがあれば、手を尽くしたいと思う気持ちもあります。
思春期の子どもとしては、親に甘えたい気持ちと、かまってほしくないきもちを行ったり来たりしています。それゆえに不安定になっているというのもあります。それならなぜ、構おうとすると、いやなのか?ということですが、「自分から」言いたいというのがあります。反抗期というのは、反抗することが目的で、合理的な発想よりも、親の言うことを聞かない態度が勝ちます。ですから、親の提案に乗るのではなく、自分から依頼したいという自立心です。ただ、その勇気はないです。だから、いつまでたっても何も言ってこないし、見ていて不安になるし、手助けしたくもなります。一つできることして、「何かしてあげられることがあれば、いつでも言ってね」とあらかじめ伝えておいて、子どもが言いやすい状況を作っておくことです。
不登校の親子のかかわりは我慢なのか?
こういうことを講演やセミナーで話すと必ずと言っていいほど「じゃあ、親が我慢しないといけないんですか?」という質問や感想をいただきます。そこで尋ねるのですが、親は何を我慢しているのでしょうか?ということです。不登校のお子さんにたいするかかわりは、不安からきています。もちろん、不安を感じて当然なのですが、その不安を子どもに立ち直って解消しようという焦りが、子どもに伝わります。この焦りこそが子どもの不快の原因です。この焦りの我慢を子どもにぶつけていては、子どもは不安なままです。
親の不安は親自身が引き受けて解消していく必要があります。世間には不登校の親の会や、行政や学校などの相談窓口もあります。スクールカウンセラーも利用できます。そういうところで話をして不安を解消してみてください。それでも難しい場合は、私のような民間のカウンセリングも利用してみてください。学校でも行政でもない、そして第三者の専門家としてお話を伺い、何らかのアドバイスをすることができます。
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不登校やキャリア教育に関するコラム
勉強嫌いの不登校の子が「勉強したい」と思うまでのプロセス
📘 勉強嫌いの不登校の子が「勉強したい」と思うまでのプロセス
こんにちは。ビジョナリーキャリアアカデミーのカウンセラー、大久保です。このコラムでは、不登校になり勉強に関心を失っていた中学生が、どうやって再び「勉強したい」と思えるようになったのか。その変化の背景を、カウンセラーの立場からわかりやすくお伝えします。
吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。
不登校になると、なぜ勉強が嫌いになるのか?
不登校の子どもたちの多くは、「勉強が嫌い」「やる意味がわからない」と口にします。でも実は、「やらなければいけないと思っているのに、できない自分がつらい」という葛藤を抱えていることが少なくありません。
中学校に上がると、授業の難しさ、スピード、周囲との比較などで「分からない」が積み重なっていきます。その結果、「できない自分」に対して自己肯定感を失い、勉強への苦手意識が強まっていくのです。
変化のきっかけは、「勉強を押しつけない」こと
ある中学生の男の子も、当初は勉強を完全に拒否していました。小学校ではリーダータイプだった彼ですが、頑張り続けて疲れたのか、中学に入って不登校に。勉強の話になると表情が曇り、話題にするのも避ける状態でした。
でも、家庭ではあえて勉強のことを問い詰めず、「まずは本人の安心感を回復すること」を大切にしました。結果として、徐々に生活リズムが整い、自分の興味を話すようになってきたのです。
雑談の中に見つけた「やってみたい」の芽
きっかけは、ふとした雑談でした。テレビで英語が流れたとき、「なんて言ってるか分かる人ってかっこいいよな…」とポツリ。そのとき、「じゃあ、ちょっとだけ勉強してみる?」とは言わず、「ほんとそうだね〜」と受け止めただけでした。
でも数日後、自分から英語のアプリを開いていたのです。無理に勉強をさせようとしなかったからこそ、「やってみようかな」という芽が出てきた瞬間でした。
勉強への意欲は、安心の土台の上に育つ
「勉強しなさい」と言われるほど、やる気がなくなる──これは思春期のあるあるです。けれど、自分の気持ちを受け入れてもらい、自分のペースで過ごせる安心感があると、子どもは自然と前を向こうとします。
「やらされる勉強」から「やってみたい勉強」へ。その変化の出発点は、親やまわりの大人の「関わり方」だったのです。
まとめとひとこと
勉強嫌いの不登校の子どもも、自分なりのペースで、再び「やってみようかな」と思えるようになります。無理に引っ張るのではなく、「いまここで安心できる関係性」を築いていくことが、次の一歩を支える力になります。
💬 今日のひとこと(格言)
「子どもは、“安心”の中でしか前を向けない。」
― 精神科医・毛利子来(もうりたねき)
文・大久保智弘 公認心理師/キャリアコンサルタント・スクールカウンセラー/2児の父。 不登校や思春期の親子支援を専門に活動中。
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2025年4月22日
勉強・進路と将来の不安
親として、どこまで関わるべき?春の“ちょうどいい距離”の話
親として、どこまで関わるべき?春の“ちょうどいい距離”の話
2025年4月21日配信
新学期が始まり、生活のリズムが少しずつ整ってきた頃。でも、なんとなく不安定な子どもの様子に、つい心がざわついてしまう。そんな今だからこそ、あらためて“親子の距離感”について考えてみませんか?
春の始まり、親の心は揺れやすい
新学期が始まり、少しずつ日常のペースが戻ってくる頃。その一方で、子どもの様子に一喜一憂し、
「ちゃんと学校に行けるのかな」「このままで大丈夫かな」と、心がざわつく日もあるかもしれません。
距離を詰めてしまうのは、”心配”の裏返し
そんなとき、親はつい距離を詰めてしまいがちです。
「今日はどうだった?」「勉強はしてる?」と声をかけるのも、
本当は心配だからこそ。「見守りたい」ではなく「見逃したくない」という想いがあるのだと思います。
でも、その距離の詰め方が、子どもにとってはプレッシャーになることもあります。
子どもは親の気持ちを敏感に感じ取ります。
だから、何も言われなくても「ちゃんとしなきゃ」と無言の期待を背負ってしまうことがあるのです。
まずは自分の「心配」をやさしく見つめる
カウンセラーとして多くのご家庭と関わってきましたが、
“距離の取り方”に悩まない親はいないのではないかと感じています。
私も2人の娘の父親であり、わが子たちとの距離の取り方は日々悩まされます。
特に上の娘が思春期に差し掛かる時期なので、いろいろと考えさせられます。
近づきすぎれば干渉になり、離れすぎれば無関心に見えてしまう。
そのちょうどいい距離は、いつも手探りです。
今、親として何かしてあげたい気持ちがあったら、
まずはご自身の気持ちをノートに書いてみたり、信頼できる人に話してみたりするのも一つの方法です。
不安が少し軽くなると、子どもに向けるまなざしにも、ふっと余白が生まれます。
ちょうどいい距離は、自分の中にある
近づきすぎず、離れすぎず。
親子の距離は「正解」があるわけではありません。
でも、自分自身の心の状態に気づいてあげることで、自然とその距離感が見えてくるものです。
そして、こんな言葉もあります。
“子どもは、放っておいても育つ。でも、見ていないと育たない。”
― 小児科医・毛利子来
文・大久保智弘 公認心理師・スクールカウンセラー/2児の父。 不登校や思春期の親子支援を専門に活動中。
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