集中できない子 ― ADHDと学びの工夫 | 不登校サポート | 家庭と子どもの再スタートを応援します

集中できない子 ― ADHDと学びの工夫

(生物心理社会モデルでみる不登校の背景⑤/シリーズ記事)

本連載は、子どもの「しんどさ」を「生物・心理・社会」の三つの視点で読み解きます。

基本となる考え方(生物心理社会モデル)の解説は
https://visionary-career-academy.com/archives/4178

「集中できない子」は、努力が足りないわけではない

授業中に立ち歩く、話を最後まで聞けない、宿題を忘れる。
注意されたことをその場で謝っても、翌日にはまた同じことをしてしまう。

ADHD(注意欠如・多動症)は、集中のしにくさ(不注意)・落ち着きのなさ(多動性)・思いつくままに行動する(衝動性)という特徴を持つ、神経発達症(発達の特性)です。

ADHDの特徴と、「困り感」の実際

ADHDの子どもたちは、知的には平均的、場合によってはそれ以上の力を持ちながらも、「わかっているのにできない」ことで大きなストレスを抱えています。

本人の困り感

・授業で話を聞いていても、途中で頭が別のことを考え始めてしまう
・宿題をやる気はあるのに、机につくまでに他のことに気を取られる
・感情が急に高ぶって、後で「なんであんなこと言ったんだろう」と落ち込む
・友達との会話で話を遮ってしまい、「うるさい」と言われる

本人は多くの場合、「やる気がない」と思われていることを苦しく感じています。

学校での困り感

・注意される回数が多く、教師からの評価が下がりやすい
・授業中に立ち歩く・忘れ物が多いなど、集団のペースに合わない
・テストではケアレスミスが多く、実力が正しく評価されない
・叱責が続くことで、「自分はダメな子」という自己否定が強まる

家庭での困り感

・「何度言っても同じことを繰り返す」と親が疲弊する
・宿題・片付け・時間管理などが日常的な衝突の原因になる
・家族が緊張状態になり、親子関係が悪循環に陥る
・兄弟姉妹との比較で、親自身が罪悪感を抱くこともある

こうした困難の背景には、脳の情報処理の特性があり、努力やしつけの問題ではありませ

生物・心理・社会 ― 三つの視点でとらえるADHD

生物(Biological)― 脳のネットワークの違い

ADHDでは、前頭前野(集中・計画)と線条体(報酬系)の働きのバランスに特徴があります。
脳の「報酬系」が刺激に強く反応し、ドーパミンやノルアドレナリンの調整が不安定になります。

そのため、
・興味があることには極端に集中できる(過集中)
・興味のないことには集中が続かない

といった偏りが生まれます。
これは意志ではなく、脳の情報処理のスタイルによるものです。


心理(Psychological)― 「わかっているのにできない」苦しさ

ADHDの子どもたちは、「自分が悪い」と思い込んでしまうことが多いです。
何度も注意されるうちに、「また怒られる」「どうせ失敗する」と自己否定的な信念が強まります。

叱責よりも、行動の背景を理解し、仕組みで支えることが必要です。
「集中が続かないからこそ、短時間で区切る」
「忘れやすいから、視覚的にリスト化する」
――そうした支援が心理的安心を生みます。


社会(Social)― 学校・社会の中で起こること

学校では、ADHDの子どもが「ルールを守れない」「空気が読めない」と見られがちです。

授業中の立ち歩き、提出忘れ、ミスの多さ。
それは怠けではなく、注意の持続と実行機能の弱さによるものです。

特に、板書・作文・ノート取りなどの「書く作業」が苦手な場合、努力しても成果が見えにくく、学力が低く評価されがちです。

WISC-V(発達検査)でみるADHDの特徴

 発達検査(WISC-V)では、ADHDの子どもに以下のような傾向が見られることが多いです。

指標 特徴 学習面への影響
言語理解(VCI) 会話力や語彙は比較的高い 話すのは得意だが、長い説明を聞き続けるのは苦手
視空間(VSI) 図形・位置関係の理解は得意 空間把握力はあるが、細部のミスが出やすい
流動性推論(FRI) パターン認識・推論に強み 抽象的思考はできるが、課題に集中が続かない
ワーキングメモリ(WMI) 数字や情報を一時的に保持する力が弱い 「覚えておいて」が難しく、聞き漏らしが多い
処理速度(PSI) 作業のスピードが遅い傾向 テストや書字に時間がかかる/ケアレスミスが出やすい

このように、知的能力そのものは十分あっても、
注意の持続・処理速度・記憶の一時保持の弱さが、学習上の困難につながることがあります。

DSM-5とICD-11による診断基準

ADHDは、DSM-5(米国精神医学会)とICD-11(世界保健機関)で以下のように定義されています。

●DSM-5(2022)
不注意・多動性・衝動性のいずれかまたは両方の症状が12歳以前から持続し、社会的・学業的機能に支障をきたしている。
症状は少なくとも2つ以上の状況(例:家庭・学校)で認められる必要がある。
 
●ICD-11(2023)
発達にそぐわない不注意・過活動・衝動性が持続的にみられ、学校・家庭・職場など複数の場面で機能障害をもたらしている。
神経発達症の一つとして分類。ADHDという名称をそのまま使用。
 
いずれの基準でも、「単に集中できない」だけではなく、
生活や学業に支障をきたすレベルで持続していることが診断の前提です。
 
また、発達検査だけで診断が確定するわけではありません。
臨床では、家庭・学校での行動観察面接による生活史の聴き取り
保護者・教師の評価質問票(例:Conners 3、ADHD-RS など)を総合して判断されます。

ADHDの服薬治療

薬物療法は、脳内の神経伝達物質(ドーパミン・ノルアドレナリン)を調整し、集中・衝動性を安定させる目的で行われます。

代表的な薬剤:
・メチルフェニデート(コンサータ):集中持続を助ける中枢刺激薬
・アトモキセチン(ストラテラ):非刺激薬。不安や衝動性にも効果
・グアンファシン(インチュニブ):落ち着き・睡眠リズムの改善
・リスデキサンフェタミン(ビバンセ):朝の覚醒・持続的注意をサポート

薬の効果には個人差があり、医師の慎重な調整が必要です。
「薬で性格を変える」のではなく、「本来の力を発揮しやすくする」ためのサポートと考えてください。

特性に合った支援と、早期支援の意義

ADHDの子どもは、環境が整えば力を発揮できます。

学校に求めたい支援

・座席は刺激の少ない前方・壁側へ
・板書をプリントで補助、または写真撮影を許可
・宿題は量を減らし、達成感を味わえる設計に
・テストでは時間延長・口頭回答を検討
・忘れ物防止のチェックリストやファイルの色分けを導入
・教師間で共通理解をもち、「叱るより仕組みで支える」文化をつくる

家庭でできる工夫

・時間を「見える化」(タイマー・スケジュールボード)
・成功体験を言葉で具体的にほめる
・失敗しても、「どうしたらできるか」を一緒に考える

早期支援がもたらす長期的な効果

ADHDの支援は、早期に始めるほど、ソーシャルスキル(対人関係能力)と自己理解の発達が良好であることが研究で示されています。

早期に自分の特性を理解し、支援を受けながら成功体験を積むことで、
・対人関係の衝突が減る
・学習意欲が維持される
・将来の進路選択や就職の幅が広がる
・自分の「得意」と「苦手」を自覚した自己実現が可能になる

つまり、ADHDの支援は“治療”であると同時に、“成長支援”です。
本人の人生の選択肢を広げるための、前向きな取り組みなのです。

発達の先にある希望 ― 成熟する脳

多動や衝動性は、脳の前頭前野が発達する20代にかけて徐々に落ち着きます。
しかし、片付け・整理整頓・時間管理などの「実行機能の弱さ」は残る傾向があります。

成人後も、
・スマホのリマインダーで時間を管理
・チェックリスト・ToDoリストで可視化
・物の定位置を決める
といった環境デザインの工夫が、一生の支えになります。

親の育て方の問題ではありません

ADHDは、親の接し方や性格で起こるものではありません。
脳の働き方の個性です。

そして、この個性は支援によって「弱点」から「才能」へと変化します。
創造的で、柔軟で、情熱的。
そのエネルギーを社会で生かせるよう、私たち大人が仕組みで支えることが大切です。

今日のまなざし

「集中できない」は努力不足ではなく、脳の特性。
叱るより、仕組みと理解で支えることが、子どもを伸ばす最良の方法です。

参考・参照

・American Psychiatric Association (2022). DSM-5-TR
・World Health Organization (2023). ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics
・厚生労働省「注意欠如・多動症(ADHD)に関する実態調査」(2020)
・日本児童青年精神医学会『ADHDの診断と治療指針 第2版』(2021)
・国立精神・神経医療研究センター「発達障害情報・支援センター」

文・大久保智弘
公認心理師・スクールカウンセラー/2児の父。
不登校や思春期の親子支援を専門に活動中。

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