食べない・食べすぎる子 ― 摂食障害という心身の叫び
(生物心理社会モデルでみる不登校の背景④/シリーズ記事)
本連載は、子どもの「しんどさ」を「生物・心理・社会」の三つの視点で読み解きます。
基本となる考え方(生物心理社会モデル)の解説は
→ https://visionary-career-academy.com/archives/4178
「食べる」「食べない」に隠された心の叫び
思春期になると、「太りたくない」「食べるのがこわい」「食べたら吐きたい」と訴える子がいます。
夜になると過食が止まらず、罪悪感から吐いてしまう子もいます。
食べることは生きるための基本的な行動ですが、
摂食障害(Eating Disorders)は単なる食の問題ではなく、
心・体・社会のバランスが崩れたときに起こる心身症状です。
生物・心理・社会 ― 三つの視点で整えていく
生物(Biological)― 命を脅かす「飢餓」のメカニズム
摂食障害は、圧倒的に女性に多い疾患です。
厚生労働省の調査(2020年「思春期・青年期の摂食障害実態調査」)によると、
日本の女性の約0.5〜1%が一生のうちに神経性やせ症(Anorexia Nervosa)を経験し、
男性の約10倍の発症率とされています。
食べない状態が続くと、体は「飢餓モード」に入り、心拍・代謝・体温が低下します。
極端な場合は体重が30kgを下回り、心不全や電解質異常によって命を落とすこともあります。
さらに、本人は「やせすぎ」と指摘されても、自分を「太っている」と感じる――。
これは、**身体像のゆがみ(Body Image Distortion)**と呼ばれる特徴です。
この段階では、脳そのものが飢餓状態に支配され、
判断力や感情制御が低下し、
「まだ足りない」「もっと減らせる」という思考が止まらなくなります。
つまり、意志や性格ではなく、脳が飢餓に支配されているのです。
心理(Psychological)― 「やせることで自分を保つ」
摂食障害の多くの背景には、完璧主義・負けず嫌い・強いべき思考があります。
・何事もきちんとやらなければならない
・失敗してはいけない
・他の人より劣ってはいけない
こうした強い自己要求が、「体重」という客観的な数値に置き換わります。
「この数字なら私は大丈夫」
「この数字であの人より細い」
やせていることは、他者より「優位である証拠」になり、
周囲の女性より細いことで安心感と優越感を得る。
ジムの鏡に映る自分の細い体や、
温泉で他人が驚いた表情を見た瞬間に「勝った」と感じる――。
この小さな“勝利感”が、脳の報酬系を刺激し、
さらにやせようという衝動を強化していきます。
やがて、体重計を常に持ち歩き、一日に何度も測るなど、
体重への強迫的執着が生じます。
また、摂食障害の方の中には、**リストカットやオーバードーズ(過量服薬)**を併発することもあります。
「完璧でいられない自分」を罰するかのように、
身体的な痛みで心の苦しさを和らげようとするのです。
社会(Social)― SNSがつくる「比較と劣等感の時代」
現代のSNSは、情報を共有するツールであると同時に、
他人との比較や劣等感を刺激する装置になっています。
タイムラインには「理想の体型」「完璧な生活」「映える食事」が並び、
「自分はまだ足りない」「もっと頑張らなきゃ」という思考が強化されていきます。
SNSは、私たちの脳の報酬系を刺激するように設計されており、
「誰かより上でありたい」という競争心を無意識に掻き立てます。
その中で、「やせている=優れている」という文化的な価値観が強化され、
子どもたちはそこに“居場所”を見出してしまうのです。
家庭や学校でも、「ちゃんと食べなさい」「太った?」といった何気ない言葉が
本人にとっては「否定」や「監視」として響くことがあります。
食の話題を避け、安心できる日常会話を増やすこと。
それが家庭でできる最初の支援です。
医療と治療の必要性
摂食障害は、医療介入が欠かせない精神疾患です。
放置すると身体合併症や自殺リスクが高まり、早期治療が必要です。
DSM-5では、主に次の3タイプに分類されます。
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神経性やせ症(Anorexia Nervosa)
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神経性過食症(Bulimia Nervosa)
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過食性障害(Binge Eating Disorder)
治療では、体と心の回復を同時に進めることが基本です。
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栄養管理と内科的治療
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認知行動療法(CBT)
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家族療法・心理教育
特に認知行動療法は、摂食障害の根にある完璧主義や「〜すべき」思考をやわらげ、
「体重=価値」ではない自己評価を育てていく方法として有効です。
日本では、国立病院機構久里浜医療センターをはじめ、
摂食障害専門外来を設ける医療機関が増えています。
適切な治療によって回復できる病気であることを、まず知ることが大切です。
家庭でできる支援
・体重や見た目の話題を避ける
・「食べた?」「太った?」ではなく、「今日はどう過ごせた?」と聞く
・「食べてほしい」より「一緒に過ごしたい」と伝える
・医療機関やスクールカウンセラーに早めに相談する
・家族自身も心理的サポートを受ける
親の育て方の問題ではありません
摂食障害は「親のせい」ではありません。
まじめで努力家な性格が極端な方向に働いた結果として、
心と体のバランスが崩れてしまったのです。
しかし希望があります。
専門的支援を受けた多くの人が、数年をかけて健康な体と自己肯定感を取り戻しています。
焦らず、時間をかけて回復を見守ることが、何よりの支えになります。
参考・参照
・厚生労働省(2020)「思春期・青年期の摂食障害実態調査」
・American Psychiatric Association (2022). DSM-5-TR.
・世界保健機関(WHO, 2023)ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics
・国立病院機構久里浜医療センター「摂食障害外来」
・日本摂食障害学会『摂食障害治療ガイドライン 第2版』
今日のまなざし
変えようとする前に、「あなたが苦しいこと、ちゃんとわかっているよ」と伝えてください。
吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。
文・大久保智弘
公認心理師・スクールカウンセラー/2児の父。
不登校や思春期の親子支援を専門に活動中。
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このコラムは、不登校や引きこもりのお子さんをもつ親御さんのためにお届けしています。
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